2007年01月10日

謎の土器に隠された古代日本人ミステリー

1964年、バヌアツ共和国で奇妙な土器のかけら14点が発見された。

ハワイ・ビショップ博物館の篠遠喜彦博士は、「日本の縄文式土器に似ており、バヌアツの土には含まれないミクロパーライトという成分が含まれている。」と語っている。

オックスフォード大学で分析した結果、土器作製年代は約5000年前で、このような円筒下層式土器が出土しているのは青森県周辺であるという。

つまり日本で作られた縄文式土器が何らかの理由でバヌアツに運び込まれたというのだ!また、南米エクアドルのバルディビアでも日本の縄文式土器そっくりのものが数多く発見されている。

阿高式土器(熊本)や田戸式土器(神奈川)に似ているが、土器の成分はエクアドルのものだった。

アメリカ・スミソニアン研究所のベティメガーズ博士によると、約5000年前縄文人が南米大陸に移動した可能性が高いという。

しかし、縄文人はどうやってエクアドルまで移動できたのだろう。
1993年、青森県の三内丸山遺跡からタイ・マグロ・ニシンなどの魚の骨が大量に出土した。

これらの魚は、太平洋を流れる千島海流や日本海を流れる対馬海流に乗ってくる。

つまり、5000年も前に外洋まで漕ぎ出す航海技術を持っていたのである。

当時の丸木舟は、脇に浮きを付けたアウトリガーカヌーのようなものだった。実験で安定度を測定したところ、台風クラスの波をうけても転覆しないことが分かった。

そして、黒潮反流→フィリピン迂回→島伝いに南下→エクアドルというルートに乗れば、バヌアツへもたどり着くことができるのだ。日本からエクアドルまで約6ケ月。食糧は船の影に集まる魚を取り、水は雨水を溜めるものさえあれば問題はないという。

縄文中期に鬼界カルデラ(九州最南端佐多岬から南西40キロ付近)が大爆発を起こし、西日本一帯を壊滅状態に追込んだ。

一方、三内丸山では気候の寒冷化が起きて、食生活で中心であった栗が取れなくなった。縄文人は火山爆発の被害と寒冷化から逃れるため、住んでいた土地を離れたと思われる。


ATLウイルス(免疫細胞のT細胞に寄生し、異常増殖させ免疫機能を破壊。成人T細胞白血病といわれ、発病率0.05%)のキャリア数は、世界でも500万人と少ないが、日本人のキャリアは約100万人とその比率はかなり多い。

1994年、文部省ガン特別調査研究斑により、新たな ATLウイルスを持つ民族が発見された。

エクアドルに程近いアンデスのインディオ達である。ATLウイルスは主に母乳を介して子供に感染し、次世代に伝わる。

ウイルスの遺伝子配列がよく似ているということは、共通の祖先から枝分かれした年代が比較的新しいと考えられる。

はるか昔、日本から小さな丸木舟で船出した縄文人達は、南米にたどり着き定住したのかもしれない。彼らこそ、その子孫であり我々と同じ仲間かもしれないのである
posted by yutanpe at 11:34| Comment(0) | TrackBack(1) | 超古代の謎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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