2007年01月22日

邪馬台国の卑弥呼 1

紀元3世紀頃、その頃中国は4百年間も支配し続けた漢が滅亡し、代わりに魏、呉、蜀という三つの強国があらわれ中国全土を分割し互いに覇を競い合う時代になっていた。世に言う三国志の時代である。

つまり、ありとあらゆる知謀が駆使されて駆け引きや決戦が行われ、英雄が多数あらわれたロマン溢れる時代でもあった。


 こうした中国の動静は三国志という記録書に詳しい。その中に当時の日本の様子を描いたと思われる記述が出て来るくだりがある。

その2千文字ほどの記述箇所は魏志倭人伝と呼ばれ、今日、我々はそれによってこの頃の古代日本がどのような状態にあったのかをうかがい知ることが出来るのだ。
 

ところが、どうしたことか日本の古代史をあらわしたとされる我国最古の記録書、古事記や日本書紀には、邪馬台国や卑弥呼の記述は一切見当たらないのである。

つまり、中国側のこうした記録がもしなかったなら、日本の古代史に邪馬台国や女王卑弥呼などは存在すらしていなかったことになってしまうのだ。

では、中国側の記録によれば、その頃の古代日本はどういう状態だったのだろうか?
posted by yutanpe at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 超古代の謎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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