2007年01月23日

ノアの箱舟

旧約聖書の中の話や神話や伝説が、全くの寓話、作り話でない証拠に近年、神話や伝説がもとで、様々な歴史的発見がなされているのは周知の事実である。こう考えれば、「ギルガメッシュ」に記された大洪水の話は、この地方でよく氾濫を繰り返したチグリスとユーフラテス川の洪水による大惨事とだぶってくるのは否めない。

 そして、この忌わしい大洪水の記憶が、受け継がれ変形されて、ノアの箱舟伝説になっていったと考えられるのである。大洪水は、聖書に描かれているような規模ではなかったものの、人々の心に凄まじい恐怖を植えつけることは出来たはずだ。

1953年には、ヘリコプターのアメリカ人パイロットが、アララト山の斜面に巨大な箱舟の跡を発見し、30メートル上空から鮮明な写真を撮っている。

 1956年には、フランスの探検隊が、アララト山の氷河と氷湖の間で、巨大なL字型の船の竜骨を発掘した。


 さらに、1969年には、今度はアメリカの探険隊が、氷河の中からその一部を持ち帰ることに成功した。専門家が炭素による年代測定を行ったところ、紀元前3千年頃の木材であり、化石化していたことが判明した。
 その後も、探険は何回か行われ、ある時は、何も発見することなく空しく終わることもあったが、中には、決死的覚悟でノアの箱舟の一部と思われるものを持ち帰った探検隊もあった。

 なにせ、大部分は、電動ノコも全く寄せつけぬ氷層下にあるため調査は難航しているということである。ある探検隊は、地中レーダーを使ったこともあったが、その結果、分厚い氷層下にあるそれは、糸杉でつくられた紀元前3千〜4千年ほど前の巨大構造物であり、竜骨、柱、リベット、イカリらしきものも確認されたと報告している。
 人工衛星からの画像からも、巨大な影が捉えられたこともある。それによるとその構造物の形は、旧約聖書に出てくる箱舟のようなシルエットであり、これは、1965年にロンドンのディリー・テレグラフ紙に発表されて、一大センセーショナルを巻き起こした。

 この画像によると、箱舟の大きさは、全長150メートル、幅24メートル、高さ15メートルにおよぶ巨船ではなかったかと推定されている。これは豪華客船クイーン・メアリー号の3/2に匹敵する規模である。しかも、このサイズは、神がノアに箱舟をつくる際、命じた寸法とほぼ同じなのである。
詳細は、今後の調査を待たねばならないが、聖書の世界だけの幻象と考えられてきたノアの箱舟が、過去に実際起きた事実に基づくものであったならば、我々の持つ既存の認識に大衝撃をもたらすであろう。
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2007年01月22日

邪馬台国の卑弥呼 1

紀元3世紀頃、その頃中国は4百年間も支配し続けた漢が滅亡し、代わりに魏、呉、蜀という三つの強国があらわれ中国全土を分割し互いに覇を競い合う時代になっていた。世に言う三国志の時代である。

つまり、ありとあらゆる知謀が駆使されて駆け引きや決戦が行われ、英雄が多数あらわれたロマン溢れる時代でもあった。


 こうした中国の動静は三国志という記録書に詳しい。その中に当時の日本の様子を描いたと思われる記述が出て来るくだりがある。

その2千文字ほどの記述箇所は魏志倭人伝と呼ばれ、今日、我々はそれによってこの頃の古代日本がどのような状態にあったのかをうかがい知ることが出来るのだ。
 

ところが、どうしたことか日本の古代史をあらわしたとされる我国最古の記録書、古事記や日本書紀には、邪馬台国や卑弥呼の記述は一切見当たらないのである。

つまり、中国側のこうした記録がもしなかったなら、日本の古代史に邪馬台国や女王卑弥呼などは存在すらしていなかったことになってしまうのだ。

では、中国側の記録によれば、その頃の古代日本はどういう状態だったのだろうか?
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古代バビロニアの電池

中東のイラク、クジュトラブアの丘にある約2000年前の古代パルティア遺跡から1937年に発掘された陶製の壷とその中の物体。その構造から太古の花瓶型電池といわれている。
1970年に(当時)西ドイツの考古学者アールネ・エッゲブレヒト博士が、この電池のレプリカを作り、電気分解による金メッキ実験を行い見事に成功している。同じく遺跡から発掘された出土品の中にはエレクトロン合金(*注)でメッキしたものもあり、古代の電気技術の確かさが証明されている、とも言われている。

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2007年01月20日

アショカ王の錆びない鉄柱

千数百年以上風雨にさらされていても全く錆びていないという不思議な鉄で出来たものである。考古学的にいうと古代の遺跡からは石器、土器や青銅器といったものはおおよそ作られた形状をある程度残しているため出土しやすく、発見される事も多く研究も進んでいる。

しかし鉄で作られたものは長い時間空気にさらされているため酸化してしまい、ものはほとんど残らずあったとしてもその残りから全てを推測するのは他のものと比べて非常に難しい。

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2007年01月19日

コスタリカ巨大石球

1930年代にコスタリカのディキス川周辺で200個以上発見された石球群。これらは、紀西暦300年〜1500年頃のものであるとされている。

石球の大きさは直径2、3cm程の物から最大で2.6m、重さ25トンに至る物まで千差万別。そしてこれらの石球がオーパーツとされる最大の特徴は、石球がなんと限りなく「真球」に近いという点にある。

実は、完璧な球体である「真球」を作るのは現代の技術でも非常に困難であるという。

人工的に真球を作ることが出来るようになったのは1990年代、コンピューター制御によるハイテクマシンが開発されてからだが、こうしたコンピューターを用いたとしても完全な「真球」を作ることが出来るのは直径1mまで。コスタリカで発見されたような直径2mにも及ぶ石球を作ろうとした場合、誤差が生じてしまうという。

つまり、当時の技術でこれほど巨大な「真球」を作ることが出来たとは極めて考えにくいのである。石球が見つかったコスタリカのディキス川周辺では、古代、独自の石器文化を築いていたとされるディキス人が暮らしていた。しかし、今から500年以上も前に、一体彼らはどのようにして巨大な「真球」を作ることが出来たのか?

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2007年01月18日

イースター島のモアイ

ポリネシアの南端、南緯27度西経109度に位置する世界の果て、イースター島には約1000体もの謎の巨人象、「モアイ」が残されている。

いつ、なぜ、だれが、どのように作ったのかは諸説様々で未だに真相は解明されていない。不思議なことに立っているモアイは全て同じ方向を見つめている。

moai.jpg続きを読む
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2007年01月17日

古代コロンビア黄金飛行機

18世紀中頃、プレ・コロンビア文明の遺跡から奇妙な黄金の装飾品が発見された。その数は20点以上にも及び、西暦500〜800年頃に栄えたプレ・コロンビア時代の装飾品と考えられた。

その形状は長さ約6cm、幅5cm、高さ1.5cm程度で材質は高純度の金。また胴体の中央部分から左右、後ろに突出物が伸びている。発見当初、これらの装飾品は翼のようなものがある事から鳥や昆虫などをかたどったものではないかと考えられたが、

1969年アメリカの動物学者アイヴァン・サンダーソン博士は博物館から黄金装飾品のモデルとなった生物の特定を依頼された際、動物学上モチーフになった鳥や昆虫は存在しないと断言した。

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2007年01月16日

超古代文明の遺物!? アンティキテラの歯車

1900年。ギリシア・アンティキテラ島沖合の水深50mの海底から奇妙な形をした青銅製の塊が4つ発見された。

一番大きな塊は縦およそ17cm、横およそ15cm。海水によってその表面は腐食が進んでいたが、微かに「歯車」のような形が確認できた。

一番大きな歯車は直径12.7cm。一部に古代ギリシア文字で、暦に関する記述や「星座名」が確認できた。

同じ場所から見つかった他の遺物などから、それは、紀元前80年頃の古代ギリシア文明のモノであることは明らかであった。
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2007年01月15日

遺跡トンカラリンの正体

トンカラリン.jpg熊本県菊水町に謎の遺跡といわれる『トンカラリン』が存在する。

トンカラリンは自然に出来た地割れを利用した、構造や大きさの違った5つのトンネルが連なっている遺跡で、全長は465mにも及ぶ。遺跡の中は、人が1人やっと通れるほどの狭く曲がりくねった通路や、這ってしか通れないほどの人工的な石組み通路などからなる。このトンカラリンは造られた年代や目的は不明とされている。1974年にこの遺跡を調査した、熊本県の教育委員会や考古学者たちは、その造られた目的について、@排水路説、A水道説、B城の抜け穴説、などの仮説を立てたが、どれも根拠や決め手に欠けたという。しかし1994年、トンカラリンの造られた目的の謎を解く鍵となりそうな物が、トンカラリン周辺の前原長溝遺跡から発見された。それは変形頭蓋骨。発掘した別府大学の坂田邦洋助教授によると、この変形頭蓋骨の人物は、弥生時代中期ころの支配階級の女性であり、変形は人工的になされた物だという。さらにこれと似た変形頭蓋骨が、トンカラリンにほど近い、松坂前方後円墳から3体も発見された。坂田助教授によるとこの3体の変形頭蓋骨も人工的に変形された物だという。
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2007年01月13日

謎の鬼ミイラの正体

大分県北部のある町に鬼のミイラが保管されているという.
身長は2m20cmと大柄で、人間の様な骨格をしており、頭部に2本の角があるというミイラが確かに存在したのだ。このミイラは確かに伝説として語り継がれてきた「鬼」の特徴と一致している。しかし頭部が大きすぎ、全体のバランスは悪い。このミイラは本当に鬼のミイラなのか?

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posted by yutanpe at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 超古代の謎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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